長い夏休みが終わり子供たちはほとんど英語もわからないのに
楽しく学校へ通いだしました。
夫はアパートと小さなショッピングセンターの管理で
行ったり来たりの忙しい毎日を送っていました。
私といえば朝の家事を終えたあと、アパートのテナントからの
修理のリクエストを聞いたり家賃を集めたりでこれまた
大忙しの日々でした。


私専用の車を買いました。当時、流行っていたDodge のミニバン。
日本では見たことがなかった広々とした7人乗りの車。
子供たちのお友達も乗せて学校の送り迎えをしました。
まさにアメリカ的なママの生活でした。


毎週末はビーチで1日を過ごすのが当たり前になっていました。
子供たちはどんどん真っ黒になり
英語はしゃべれないけれどここで生まれ育ったローカルの
子供の風貌になっていました。


そんな楽しく忙しい日々を送っていたある日、
夫がとても暗く悲しい顔で帰ってきました。
『ボクたちが管理している全ての不動産のオーナーである日本企業が撤退する。』
すでに日本ではじけていたバブルの波はゆっくりと
海を渡ってハワイまでやってきたのでした。