おっちゃんと行くニューヨーク その3

Post-266今回の旅行のテーマは
「ベタな観光とおいしいジャパニーズゴハン」
大晦日はほとんどのレストランが平常より
閉めるのが早いなかこちらは年明けまで
がんばっていました。


こんな雰囲気、サンフランシスコには絶対ない!!
おっちゃん、えらく気に入ったようす。





一品料理はおいしくお値段も手ごろですが名前にもなっている
焼き鳥が焦げ鳥になってたのがちょっと残念でした。






焼き鳥大将
5 St.Marks Pl.
New York
(212)228-5086

おっちゃんと行くニューヨーク その2

Post-264ミネアポリスから2時間でニューヨーク・ラガーディア国際空港へ到着。
まずは空港、メインターミナルにてメトロカードなるものを購入。
1週間バス、地下鉄乗り放題で27ドルです。
マンハッタン島での足は地下鉄が何より早くて便利。







地下鉄構内にお店発見。
子供のころを思い出した
なつかしい昭和のキオスクだわー。






地下鉄構内にはお手洗いはございません。
昔はそうだったみたい。今はこれまたキオスクになっております。





今回滞在するホテルは「シェラトンホテル&タワーズ」
地下鉄駅から徒歩1分でどこへアクセスするにも便利な場所でした。
地上に上がると歩けないほどの人だらけでおまわりさんも全員出動みたい。
「そこを歩くんじゃない!!」という怒鳴り声で道も渡れません。
ホテルロビーも人でごった返しています。
とりあえずチェックインをして部屋へ。
部屋の窓から外の様子を見ると。



「あかんわ、もうここから並んでるわ。」
時はまだ8時過ぎ、タイムズスクエアまでは数ブロック
だけどもうカウントダウンのためにみなさんこの時間から
タイムズスクエアを目指して待っていらっしゃる様子。



夢に見たタイムズスクエアでのカウントダウンをあきらめて
晩御飯を食べに逆方向へ行くことにしました。



で、私たちが2009年に別れを告げ新たに2010年を迎えたのは
ニューヨークの地下鉄車内でございました。

おっちゃんと行くニューヨーク その1

Post-263大晦日の朝、5時52分。
搭乗ゲート前のレストランにて
「赤ワインをグラスでくださいな。」
「アルコールの販売は6時からとなっておりますので8分お待ちください。」
こんな朝の早くから飲めるもんだなーとアル中夫婦を見るような冷たい視線。




本日は3時半起床、数日前のテロ未遂事件を考慮して早めに空港へ。
そしてこれから6時半のフライトでミネアポリスに行きます。
そこで3時間半の滞在にて今度はニューヨークへと飛びます。
家を出てから最終目的地に着くまで12時間、
そしてカウントダウンまで元気でいられるには4時間半のフライトでぐっすり眠りたいので
ワインの力をチトお借りしました。


雪に覆われたミネアポリスセントポール国際空港到着。
目的地はアメリカで最大のショッピングモール「モールオブアメリカ」
娘が北西航空に勤務していたころ研修で
こちらに滞在してモールの話を聞いていました。
行ってみたいと思ってはいましたがそのためだけに
ミネアポリスへ行くには遠すぎるなーと考えていましたが
ニューヨークに行く前にちょっと寄り道できるチケットをみつけて
こんなスケジュールになりました。


モールは空港から電車で約15分。
まだ新しいのでしょうか、駅構内、電車内はとってもキレイで管理が行き届いていました。







さてモールですがアメリカ中どこへ行ってもある
Macy’s Nordstrom Bloomingdales Sears といったおなじみの顔に加えて
ローカルの小さなお店やマイナーチェーン店など400以上のショップがあります。
一軒一軒見てまわると1日では時間が足りないといわれております。
お買い物も楽しいけどここのウリはショッピングモールに付いてる遊園地。
この時期、寒さで屋外で遊べないのと冬休みということもあって
子供たちであふれかえっていました。









サンフランシスコに帰って考えたこと。
店数は多いですがサンフランシスコやニューヨークに比べて特に
魅力的なお店はありませんでした。
小さな子供がいたら親たちが大人の観光地ニューヨークを楽しんだあと
ミネアポリスに立ち寄ってこの遊園地で子供を遊ばせて
ニューヨークをつれまわしたことをチャラにすれば
親子共ども楽しめるアメリカ東海岸旅行になるのでは。

爺と行くユタ州(2)

Post-196今回の旅行で利用したのがオークランド空港。
ベイブリッジを渡ったイーストベイにあります。
サンフランシスコからだとなるべく避けたい空港。
なぜならサンフランシスコダウンタウンからベイブリッジにかけて
渋滞がひどく、ウチから2時間もかかったことがありました。
フライトスケジュール上、時間が有効に使えるということで
やむなくこちらをチョイス。
早朝だったせいで40分で到着。

この空港は都会オークランドにあるわりにはこじんまりとしていて
チェックインカウンターから荷物をピックアップするターンテーブルまで
見渡せます。
飛行機の発着料がお安いので飛行機運賃も若干SFOより
低めです。

こんな小さな飛行機何年ぶりかしら。
アメリカでは国土が広いため隣の町まで行くのに
小型の飛行機をバス代わりに使う人が多いって
いいますがバスよりちっちぇー。

意外と飛行時間が短いのね。
ネバダ州を越えて1時間半です。
小さい飛行機はやっぱり空港のゲートには直接つながれず
スロープタラップを降りて到着です。


山々はまだまだ雪、お天気ですが気温は15度くらいで半そでTシャツに
ジャケットはフリースではちょっと寒いです。

ここからは暖かくなる とある場所へ車で380Kmほど走ります。

爺と行くユタ州

Post-195ただいまー。
プリンセスユタです。
感の鋭い方はおわかりですね。
そうです、今回はカリフォルニア州の隣りはネバダ州、そしてそのまたとなりのユタ州に
行ってまいりました。
サンフランシスコとの時差は1時間、飛行時間は1時間半でした。
州都ソルトレイクシティから4ヶ所の国立公園めぐりで総走行距離は1500Km、
神戸からざっと札幌まで走ったことになります。
こんなに車で走っても北アメリカのほんの一部、
やっぱりアメリカって広すぎ。
全米制覇するには100年くらいは必要かと。


ところで久しぶりに旅先で夫婦喧嘩をやりました。
犬も喰わない何とやら申しますが旅行記でなるほどなーと
感じ取っていただけると思います。
そんなわけでおっちゃんの呼び名をおっさんあるいは爺に格下げを
すると言うと
「どっちでもええわ。気にしてへんもん。」
夫婦喧嘩の後遺症でいじけて凹んでおります。
というわけでこの旅行記では爺=おっちゃんのことです。
ご了承くださいませ。

それではユタ州、国立公園めぐりと州都ソルトレイクシティの旅は
近じかアップされる予定の
リンクUSAオフィシャルサイトにてご覧ください。
そして、こちらのブログではこぼれ話やメイキングオブユタ(作り話ではありませんが。)などを
綴っていきたいと思います。

おいでやすマウイへ(5)

Post-190マウイネタはこれでおしまい。
今回の騒動はいろいろ調べてみると
不動産会社が勝手に鍵を付け替えているは洗濯機や
納戸にしまってあったいろんなモノが消えていたりで
ボロボロと問題が出てきました。
こういう時ってアメリカならではのきっちりとした契約書がモノをいいます。
向こうは一言の反論もできなかったのですが
今後の対応はどうなるんでしょうかね?

とりあえず、同じ敷地に住むテナントに見張りを頼むことに。

ひとり暮らしなのになんでこんなにいっぱいモノがあるのかしら。

サンフランシスコに帰る時間が近づいてきましたが
ぎりぎりまで二人で大好きな我が家のペンキ塗りをしました。


納戸の整理をしたら子供たちのゲーム、おもちゃ、工作などガラクタばっかり。
捨てようと思いましたが結局、納戸へ戻すことに。
写真とアルバムだけはサンフランに持ってきました。


最後に私がこの旅行でセンチメンタルになったこの写真。

畑で採れた野菜を洗う流しに貼ってありました。
よくもはがれずにあったものです。
「大根を洗った後のお水はバケツで朝顔にかけてください。」
この朝顔は亡くなった父が神戸の実家の庭で取れた種をくれたものでした。

ここでは涙が出そうになりました。

今はなき、アロハ航空の貨物用のチェックイン場所
3日にあけずここにやってきました。
スイートバジルをシアトルへ出荷。
ホノルルへは大根、カブ、小松菜など日本の野菜を。
そして大学一年生だった娘にはおかずを冷凍して送ったりしました。
野菜の入った箱が次々とトラックで運ばれてきたりホノルルからは
コンティナーが店先に並ぶ商品を載せてやってきたりで
忙しかったこの場所。あの頃はもうないんでしょうか。

後ろ髪を引かれる思いでマウイを発った私。
私「いま、帰れる状況にあったらすぐに帰るかも。」
おっちゃん「オレ、田舎嫌い。都会のザワザワしたところがええわ。」
私「ほんとにマウイに帰るって決心したら。」
おっちゃん「ついて行くしかないやん。」
私たちの老後の道しるべが少し見えたようです。

おいでやすマウイへ(その4)

Post-188今日は娘にお使いを頼まれて。
ここは西マウイのはしっこカパルア。
昨年、130億円を掛けて改装されたリッツカールトンホテル。
こちらはレジデンシャルスイートをホテルプールにて販売もされているようで
3000万円台からあるそうです。
しかし、年間管理費が500万円ですって!!
ひと月割りにしたら40万円越えていてその金額でかなりいい賃貸マンションが
借りられると思うのは庶民の悲しさ?
しかも一番高いお部屋を購入されたのは日本人だったそうです。 :emojiface_gesso:

庶民の親を持った娘はせめて一生に一度だけええ夢みたいということで
このホテルの海辺に面したお庭で挙式をすることになりました。






おいでやすマウイへ(その3)

Post-187アメリカ本土も日本列島も不況、不況と言われておりますが
私の受ける感じではマウイが特にヒドイ。
夫の友人いわく「観光業界の日本人サイドは死んでいる。」
撤退した会社、見切りをつけて日本へ帰った人々、
リストラされた人たち、どれだけの数になるのかしら。
最盛期には毎日3ケタの観光客が大型バスで訪れたためオフィスを拡大して
いた大手旅行会社はマウイ支店をたたんだりビルの一角を間借りし
この厳しさをしのでいます。
こうなった理由のひとつに日本からの旅行者を軽視したことにもあると思います。
アメリカがバブルで本土からの旅行者で溢れかえっていた頃、
ホテルは日本人ゲストサービスという存在を無くし、
日本からの予約を難しくした結果が影響しているのではないでしょうか。

マウイ郡はこの島の財政源となるビジネスを模索してIT関連の企業を誘致したり
海洋学でビジネスにつながる研究などにも協力をしてきましたが
いまひとつパッとせずマウイ島の経済的な潤いにはなっていません。
私はこの島の経済を支えるのは観光しかないと思うのであります。

アメリカ本土だけではなく日本をはじめとするアジア諸国や
もっと世界中にマウイ島のすばらしさをアピールして多くの外国人にきてもらえる
よう観光というビジネスに集中すべきだと思うのです。

そこで微力ながら私に何ができるか?
いまそれを考えています。
3年半ぶりにマウイに帰った私はこの島のゆるーい時間に癒されました。
人々の暮らすスピードやどこからでも見渡せる大きな空やたっぷりある緑。
時間の感覚が日常の生活とは異なって感じ
海に沈む夕日でその日の終わりを感じられた日々。

忙しい毎日で自分の生きている道が正しいのかと思い悩んでいるをそこのあなた。
だまされたと思ってぜひぜひ、おいでやすマウイへ。








おいでやすマウイへ(その2)

Post-185心配していた家の中は大丈夫のようでした。
築17年にしたらコンディション良好ではないでしょうか。
おっちゃんが造ってくれた自慢の我が家です。
畑を耕してその合間に家を建ててとあの頃の若さを思い出しました。






おいでやすマウイへ

Post-184マウイ島から帰ってまいりました。
しばらくマウイネタにお付き合いのほどを。

サンフランシスコ離陸直前のお天気情報、マウイは大雨。


カフルイ空港到着時は小雨になっておりました。


わたくし、晴れ女です。見て、家に向かって走り出せば晴天に。



家は無事あるのかしら?とドキドキしながら門を開けると。

娘の送ってきたビデオと打って変わって雑草なし。芝生は完全に死んでるけど。
にこやかにお出迎えの不動産屋のエージェントとその上司は
ヤードマンに庭の手入れをさせ、納戸には大きな錠前をつけ
この家はパーフェクトな管理といわんばかり。
「落とし前は後ほどね。」とお上品に言って家の中もよーくチェックすることにして帰ってもらうことに。

おっちゃんはそそくさと家の鍵を閉め始めました。
私「ちょっと待ていっ!!。」
おっちゃんがこの家を去って2年半、その間手入れも一切しておりません。
しかも見よ!この雑草、かつては畑だったとは思えないほど。

私「着替えてトラクターでその辺を耕してよ。」
夫「もう2年半もトラクター動かしてないから死んでるわ。」
26年の結婚生活でおっちゃんは自分がやりたくないことには
うそをつくということをよーく知っています。
近所のパイナップル作り名人に来てもうらことに。

名人いわく、このトラクターは数年動かさないでも平気。
バッテリーを新しくすれば絶対走るはず。


名人の言うとおり。
久しぶりに聞くトラクターのエンジン音。動いてくれてありがとう。

「ちぇっ、オーシャンフロントのホテルでゆっくりできると思ってたのに。」