ストレートではない愛について
日本から来られてまだ間もない人や観光客の方々に
『サンフランシスコはゲイのメッカと聞いて来たけれど女装した人を見ないですね。』
よく言われます。
日本の皆さんはゲイをお0まと呼ばれる人々と一緒に考えているようですが
それは違います。
サンフランシスコではストレートではない人々が人口の20%ほどおります。
アメリカにはLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)協会と
いうのがありましてここの説明によりますと
レズビアンとゲイは同性に恋愛感情を持つ方々です。
バイセクシャルの人々は同性にも異性にも恋愛感情を持つらしいです。
トランスジェンダー、これが非常に複雑で
自分の性を否定する人、自身のフィジカルな性とは合わないすなわち
性不一致の人、あるいはどちらの性も持たない人、
ドラッグクイーンと呼ばれる男性は女装をして心も女になった人
また、異性を恋愛対象にしていますが
クロスドレッサー(女装癖)がお好きな人などです。
この協会ではLGBTの人々のサポートや差別、偏見と戦っております。
それではゲイの男性はストレートの男性と外見上どこが違うのかと
聞かれてもわかりません。同じです。
強いて言えばおしゃれで身だしなみすっきりでいい匂い。
おじさんでも決して加齢臭などはしません。もひとつ言わせていただくと
いい男が多いです。それゆえサンフランシスコでは女性が余りぎみなんです。
ウチの従業員曰く
『だからいつまでたっても私はいい男とめぐり合わない』
『サンフランシスコはゲイのメッカと聞いて来たけれど女装した人を見ないですね。』
よく言われます。
日本の皆さんはゲイをお0まと呼ばれる人々と一緒に考えているようですが
それは違います。
サンフランシスコではストレートではない人々が人口の20%ほどおります。
アメリカにはLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)協会と
いうのがありましてここの説明によりますと
レズビアンとゲイは同性に恋愛感情を持つ方々です。
バイセクシャルの人々は同性にも異性にも恋愛感情を持つらしいです。
トランスジェンダー、これが非常に複雑で
自分の性を否定する人、自身のフィジカルな性とは合わないすなわち
性不一致の人、あるいはどちらの性も持たない人、
ドラッグクイーンと呼ばれる男性は女装をして心も女になった人
また、異性を恋愛対象にしていますが
クロスドレッサー(女装癖)がお好きな人などです。
この協会ではLGBTの人々のサポートや差別、偏見と戦っております。
それではゲイの男性はストレートの男性と外見上どこが違うのかと
聞かれてもわかりません。同じです。
強いて言えばおしゃれで身だしなみすっきりでいい匂い。
おじさんでも決して加齢臭などはしません。もひとつ言わせていただくと
いい男が多いです。それゆえサンフランシスコでは女性が余りぎみなんです。
ウチの従業員曰く
『だからいつまでたっても私はいい男とめぐり合わない』
カリフォルニア米

特にお米は不足して値段は2年前の2倍に。
理由のひとつとしてカナダドルが米ドルより高くなって
国内業者がカナダへ多く輸出しているからです。
一時はサーモンや鶏肉も同じ理由から品薄でした。
先物取引ではすでに次に収穫されるお米の買い取り価格が
1.5~2倍になっております。
ということは来年にはもっと値段が上がるってことなのかしら?
豊かな資源とたっぷりの食料品が象徴的だったアメリカも
そんな時代は終わるのでしょうか。
ドル安、経済悪化、そして食料難 よい材料がないアメリカに
住み続けてよいのかと不安になるこの頃です。
娘、日本へ行く

今夏は遊びではないらしいです。
航空会社に勤めていかに自分の日本語が
おかしいか痛感したとのことから勉強に行きます。
日本から来られらお客様に自分の話す敬語が正しいのか?
といつもピリピリしていたとのこと。
ある時は入国管理局から
『コンピューターがダウンしたからその趣旨
待っている日本の人たちにアナウンスして。」と言われたらしいです。
そんなオフィシャルな言葉を使ったことがないので
冷や汗、心臓バクバクで何を言ったか覚えていないと
家に帰って泣いておりました。
そんなアナウンスは私でもとっさにうまく言えないと慰めましたが
娘がもっと日本語を学ぼうとする気持ちにさせた
よい経験だったと思います。
娘は小学2年からハワイに住み
大学卒業まですべてアメリカの学校でした。
ハワイに住み始めて1年もするとどんどん
英語まじりの日本語を話すようになりました。
例えば『今日はホームランチはいらない。スクールランチを
食べてからアフタースクールにジェニファーとプレイするから。」といったぐあい。
このまま何も注意しないで3-4年もするとまったく
日本語がしゃべれなくなります。
そんな日本人の子供がハワイにはいっぱいいます。
そこで家の中では英語禁止にしました。
おかげで『クイズへキサゴン』に出てくるタレントと
同じくらいのレベルの日本語は保っております。

日本語教育の環境が両親と日本から送られてくる
関西のお笑い番組のビデオのみだったので
「アメリカ育ちなのにコテコテの関西弁。」
とよく笑われます。
サンフランシスコ育ちの日本人の子供はどの地方出身の
家庭でも標準語です。めちゃ不思議。
日本語補習校の影響かしら?
自慢といえばボケとツッコミだけは関西人のマナーとして
厳しくしつけて参りました。
おかげで親子、姉弟はては横山ホットブラザーズのように
家族漫才ができるようになりました。
というわけで3ヵ月後にはどんな正しい日本語をしゃべるように
なって帰ってくるか楽しみです。
天真爛漫、24歳 先行き不安。

BAY TO BREAKERS 12K RUN

今年は6万人が参加。
ホントに参加費を払った正式ランナーは3万3千人ですが
楽しいから一緒に歩きましょうとみんな集まってきてこんな人数になりました。
あいにく霧と風でお天気には恵まれませんでしたが
みんな楽しそうでした。
来年は私も参加しようかな?もちろんプリンセスの衣装で。

サンタカップル ちょっと早いんじゃない。

今年のハローウィンにもリサイクル。

ドサクサまぎれの宗教活動にはブーイング多し。

これで12Kmを歩くのはきついでしょう。

仮装か本物か? 近づいてきてわかりました。正真正銘の本物でした。

ハサミと紙のカップル。縁を切りたいってことかしら。

モー君はお電話中。
「なにっ?帰りにミルク買ってこいだって。」
アメリカ移住物語(10)
お正月が終わり両親が日本へ帰ると
寂しさと不安に襲われ なぜ、素直に泣きついて
一緒に日本へ帰らなかったのかと後悔しました。
ここに残ると決心したものの具体的に暮らしていくための
何かをみつけたわけでもなくあせりばかりが募りました。
ある日、息子の通う学校の校長先生から電話がありました。
「あなたの息子が女子生徒を傷つけた。」
夫と学校に飛んで行くと校長、教頭そして担任の先生が待っていました。
クラスの女の子の太ももを鉛筆で突いたということ。
幸いけがは大したことはなかったのですがアメリカでは
訴訟問題になるので絶対に暴力に対して厳しく教育してくれと
何度も念を押されました。
感情的になった私は息子を怒鳴りつけました。
「学校に行きだしてからずっとあの子にいじわるされてん。
ボクが仕返ししたら先生に言いつけるねん。
ボクは英語がわからへんからボクだけ先生に叱られるねん。
あんまり腹が立つから鉛筆で突いてん。
なんでボクをハワイに連れてきたん?
ボクはここに来たくなかった、日本へ帰りたいよー。」
心のうちを全て吐き出した息子は大泣きをしました。
私はなんてことをしてきたのでしょう。
自分がアメリカに住みたいがために
子供のことをよく考えてやっていなかったなんて。
今さらながら自分のやって来たことに強く後悔しました。
悪いことは続くもので夫が早朝から汗水たらして働いたにも
かかわらず給料を支払ってもらえませんでした。
夫が不法就労で何処にもクレームできないことをいいことに。
やっぱり日本へ帰ろう。
マウイは私たちを歓迎してくれなかった。
ここで私たちは傷ついただけ。
けれど夫の心は希望を持っていました。
『引越し代だけでもどれだけ掛かったか思い出してみーよ。
家も売って、日本へ帰らへん覚悟でやってきたんやろ?
1年も経ってへんのになんでもそんなにうまい事いくわけないやん。
うまくいったほうが怖いでー。」
感情で何事も決めようとする私にいつも夫は楽天的で前向きな
アドバイスをしました。
夫の意見を聞いているとなるほどと私自身の気持ちが落ち着いて
くるのがわかりました。
寂しさと不安に襲われ なぜ、素直に泣きついて
一緒に日本へ帰らなかったのかと後悔しました。
ここに残ると決心したものの具体的に暮らしていくための
何かをみつけたわけでもなくあせりばかりが募りました。
ある日、息子の通う学校の校長先生から電話がありました。
「あなたの息子が女子生徒を傷つけた。」
夫と学校に飛んで行くと校長、教頭そして担任の先生が待っていました。
クラスの女の子の太ももを鉛筆で突いたということ。
幸いけがは大したことはなかったのですがアメリカでは
訴訟問題になるので絶対に暴力に対して厳しく教育してくれと
何度も念を押されました。
感情的になった私は息子を怒鳴りつけました。
「学校に行きだしてからずっとあの子にいじわるされてん。
ボクが仕返ししたら先生に言いつけるねん。
ボクは英語がわからへんからボクだけ先生に叱られるねん。
あんまり腹が立つから鉛筆で突いてん。
なんでボクをハワイに連れてきたん?
ボクはここに来たくなかった、日本へ帰りたいよー。」
心のうちを全て吐き出した息子は大泣きをしました。
私はなんてことをしてきたのでしょう。
自分がアメリカに住みたいがために
子供のことをよく考えてやっていなかったなんて。
今さらながら自分のやって来たことに強く後悔しました。
悪いことは続くもので夫が早朝から汗水たらして働いたにも
かかわらず給料を支払ってもらえませんでした。
夫が不法就労で何処にもクレームできないことをいいことに。
やっぱり日本へ帰ろう。
マウイは私たちを歓迎してくれなかった。
ここで私たちは傷ついただけ。
けれど夫の心は希望を持っていました。
『引越し代だけでもどれだけ掛かったか思い出してみーよ。
家も売って、日本へ帰らへん覚悟でやってきたんやろ?
1年も経ってへんのになんでもそんなにうまい事いくわけないやん。
うまくいったほうが怖いでー。」
感情で何事も決めようとする私にいつも夫は楽天的で前向きな
アドバイスをしました。
夫の意見を聞いているとなるほどと私自身の気持ちが落ち着いて
くるのがわかりました。
結婚できてオメデトウ!

法的に認められることになりました。
2004年にサンフランシスコ市ではOKになりましたが
夫婦としての権利なんてほぼないに等しいのでありました。
しかし、州の法律はアメリカの中で一番強い施行力をもっているだけに
正真正銘の夫婦になれることになりました。
今回は4000人がサインをしたらしいですが
そのうちの57%がレズビアンのカップルだったらいしです。
私のまわりはゲイカップルばっかりだったので男の人のほうが
多いと思っていたのですが。
夫の友人の友人は長く不法滞在の彼氏持ちのゲイだったのですが
これで晴れて結婚することができ、グリーンカード(永住権)がもらえると
大喜びらしいです。
よかったね。おめでとう。
日本ではまだま偏見と誤解があろうかと思います。
サンフランシスコに住んでいろいろ知識と理解を深めました。
アメリカで最大のゲイパレードが6月29日にあります。
その前に少しずつそんな話題を書きたいと思います。
ヒデッキーはよんじゅうはっさい

毎年ケーキというのも平凡なので歳の数のクレープ焼いて重ねてみました。
歳を重ねてええ男にならないとね。
私のブログで夫の写真を見た弟は言いました。
『中年というより初老やねー。」
夫に言いつけると
『孫がおってもおかしないしなあ。」
中年と初老はどこでわけるの?
年齢じゃなくて見た目?
中年と初老の定義をお分かりの方ご一報ください。
クレープ50枚以上焼きました。カスタードクリーム、あんこも作って
今日はホントに疲れました。
もう寝ます。おやすみなさい。

HAPPY BIRTHDAY DARLING

サンフランシスコ国際映画際

私が招待をうけたのは『めがね』でした。
監督の荻上直子さんもはるばる日本から来られて
舞台挨拶をされていました。
映画のあらすじは南の島(撮影は与論島)が舞台で
ほとんどお客さんが来ない民宿での生活を中心に描かれています。
海水客も見当たらないビーチにカキ氷屋があります。
メニューは小豆の煮た上にカキ氷そしてシロップがかかっている
いたってシンプルな一品のみ。
ここに食べに来るお客さんは島の人々で誰もお金を
支払いません。みんな物々交換なのです。
ある人は畑で取れた野菜や氷屋さんは氷と引き換えだったり
小さな子供は折り紙だったりします。
マウイ時代を思い出しました。
お漬物をつくるのが好きだった私はよく日系人の年配の
方々におすそ分けをしていました。
フルーツ、野菜、お肉、魚などをお返しに
いただきましたが買ってきたものではなく畑でとれたのや
海で釣ってきたといったものばかりでした。
この映画のように日常的に物々交換がありました。
その上、日本の食べものがなきに等しいマウイでは
なんでも手作りでした。
手打ちうどん、肉まん、納豆、カレーパンなど母から送ってもらった
レシピ本でつくりました。
サンフランシスコに住みだしてから手作りに程遠い生活をしていることに
気づきました。ここではなんでも買って済ますことができます。
手作りお菓子で育った娘も毎週日系スーパーでお菓子を
山ほど買ってきます。
便利はホントに私にとって幸せなの?と問いかけている映画でした。
日本語補習校

しかし、アメリカに住む日本人の子供は
日本語補習校なるものへ行く人が多いです。
元来、駐在員子女のために設立された学校でして
『日本の学校や社会に適応できる』ことを目的としています。
バブル以降企業が撤退したり経費のかかる駐在員を減らしたりで
ずいぶん生徒数は減ったらしいのですがそれでもサンフランシスコ校だけでも
1200人も在籍しているらしいです。
日本は教育熱心な国ですがここにくると子供は
もっとハードな環境を強いられています。
月ー金曜日は現地校でお勉強。もちろん授業は英語。
土曜日は日本語補習校にて
日本に住むお友達が1週間で受ける授業を1日でお勉強するのです。
それゆえ宿題もすごい量らしいです。
もし、日本の高校あるは大学に進学を予定している人は
塾通い、通信教育などまだまだいっぱいあります。
「ゆとり教育っていわれてる日本へかえりてェー。」
と叫んでる日本人ママがいましたっけ。
我が家の場合、日本人200-300人のマウイ島では補習校なんか
文部科学省がつくってくれるわけもなく
週末に私が国語と算数を教えておりました。
ウチの子供たちはドリルが一冊終われば
マンガの本を買ってあげるなんていうエサで
なんとかやっておりましたがその影響なのか
娘はいい歳していまだにマンガばっかり読んでいます。
補習校でお勉強するという発想は日本人だけかと思っていると
中国人とロシア人もやっておりました。
中国人は日本人と同様子供の教育に熱心なのは
知っていましたがロシア人もやりますねー。
人種問題

おまわりさんがビデオカメラを回していました。
何事かと見るとこの写真でした。
サンフランシスコに住んで3年半、これといった人種問題を
感じなかったのでビックリです。
同じ人種が集まると他民族の悪口を言っているのは何処の国でも
一緒だと思います。
それは近所の人が集まって誰かのウワサをしているようなもので
悪意のない他愛なものですが
これはただのいたずら落書きでは済まされませんからね。
今思い出せばマウイの方がもろ人種差別が激しかったかしら?
白人以外は口も開かない白人がいました。
子供にcoloredの友達を作るなと教育している白人パパもいました。
でももっとすごいのがローカルのNaitiveの人たちで
彼らの白人嫌いは半端じゃなかったです。
息子のサッカーの試合のときにゲームそっちのけで
ののしりあいが始まり「おまえら白人はアメリカ本土へかえれ!!」
なんて叫んでいました。
息子のお友達のお母さんに聞くと一部の地域では
毎度のことで子供の教育によくないと嘆いていました。
育った環境、受けた教育、国の法律、風習、違ったものを
考えてみるときりがないです。
男と女はホルモンが違うので交わるところがなく
永久に分かり合えないといわれますが
それぞれの国も男と女っていうことなんでしょうか?
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