ハーシーパーク(ペンシルバニア州)

デーウィークエンドの先週末、トムの野球の試合がない週末だったので、久しぶりの旅行に出かけた。行き先は、今月お誕生日だったのトムの希望でハーシーパーク。子どもたちが小さな頃に何度か連れて行ったが、最近ご無沙汰のデスティネーション。ニュージャージー州のお隣、ペンシルバニア州にある同パークは、車で2時間半の道のり。あっという間に到着し、まずはパークに隣接しているチョコレートワールド体験。



ハーシーチョコレートができるまでの工場ツアーは、以前と変わらず、お客に無料奉仕。チョコレートのお土産付き。

近隣のホテルに宿を取り、二日目は、朝からハーシーパークへ繰り出す。以前来た時は子どもたちが小さく、ハーシーくんやリーズくんの着ぐるみと写真を撮って楽しんでいたけど、子どもたちが大きくなった今、彼らの唯一の興味は絶叫系コースター。朝の空いているうちにカナリーに誘われるまま私も絶叫系に乗らされた。久しぶりのコースターで思ったよりスリル感タップリ。朝一からぐったり。

ハーシーパークにはこの他絶叫系コースターが12もあり、コースター好きのカナリーは朝から大興奮で、次々にコースターを制覇していた。





昼からは日差しも強く、人混みも更に増してきた。水上コースターや流れるプール、ビーチのあるコーナーでちょっと涼み、またまたライドへ。夕方までめいっぱいパークを楽しんだ。

ボルチモア/グルメ編

ボルチモアはニュージャージーからワシントンDCや、バージニア州に行く時に通り過ぎてしまう街だった。今回初めてボルチモアを訪れて、正直とっても良い旅行ができた。印象的なのは食事が美味しいということ。ボルチモアはソフトシェルクラブや、ボルチモアクラブが有名で、これらのクラブは、なかなかの絶品だった。また、オイスターや、アサリなどどこに行っても新鮮な魚貝が食べられるのがシーフード好きにはたまらない!

友人の勧めでボルチモアの市場、ブロモアーツ地区にあるレキシントンマーケットに立ち寄った。中は殺伐とした市場風に店が並んでいる。中程にあるフェイドリーズ・シーフードと言うお店でカウンター越しに生牡蠣を注文した。身の大きな新鮮牡蠣をレモン汁を絞って食べる。美味しい!そして、何よりここのお店の人が愛想が良く優しかったのが印象的だった。その他、この市場にはハナコ寿司と言うにぎり寿司のあるお店やチャーハンがやけに美味しそうな中華のお店なども軒を連ねる。お昼時だったせいか、庶民がこのようなテイクアウトのお店でお弁当を買っている姿を多く目にした。



もう一つ、ボルチモアクラブがとても美味しいレストランは ウォーターフロント地区の南に位置するローカストポイントにある、Locust Point Steamers。



ボルチモアクラブをスチームしたものが紙を敷いたテーブル上にドサリとおかれ、カナヅチで、甲羅を割りながらバターソースや酢で食べる。家族はしばらくの間無言でむしゃぶりついた。



これが、残骸。この味は病みつきになりそう!

ボルチモア/インナーハーバー

今回の、宿泊ホテルはハイアットリージェンシー。インナーハーバーに位置し、スカイブリッジでハーバー内のモールにアクセスできとても便利。お天気が良いので、今日はハーバー内を散策してみた。


ボートで、湾に漕ぎ出てみる。久しぶりの水上は、そよ風が吹いてとても気持ちが良い。隣の子どもたちは、水面にいるポケモンをひたすらゲットしている。(子ども達情報によると、ボルチモアのこの周辺には沢山のポケモンが“出現”するらしい。私たちの住むニュージャージーの比でないらしい。)


ビジターセンターが近くにあるので、ビジターセンターで、情報集めとボルチモアの歴史や観光に関するショートフィルムを見た。かの有名なベイブルースの生まれ故郷でベイブルース博物館もあるらしい。また、綿花の貿易港としてボルチモアが栄えたこともフィルムで伝えていた。メリーランドクラブ(蟹)が、有名でどこに行ってもカニのマスコットやカニのモチーフに溢れている。


この後子ども達のリクエストで国立水族館へ。3つの建物に分かれていて、充実した内容。中でもイルカのトレーニングショーは、必見。

ボルチモアオリオールズ戦

ボルチモアのハーバーエリアのホテルから歩いて5分で米大リーグオリオールズの本拠地、オリオール・パーク・アット・カムデンヤーズがある。今夜はワシントンDCのチーム、ワシントンナショナルズとのゲームを観戦しよう。1992年に開場したこの球場は、レンガと鉄骨を組み合わせた外観、左右非対称のフィールドなど、新古典主義を初めて取り入れた球場として知られているとのこと。建設年のアーバン・デザイン・アウォードを受賞するほど高い評価を受けたと言うことだ。





オリオールズのオレンジ色のユニフォームやTシャツを身につけたファンがナイター試合に続々と集まってきた。今日はアメリカンリーグとナショナルリーグの首位同士の戦いと言うことで、球場は熱気に包まれた。

ボルチモアへ、ふらり...

長いと思っていた夏休みも終盤。いつもこの時期になると夏休みにやり残したことを頭の中で箇条書き。あぁ〜あれもやんなくちゃ、これもやらなくちゃと何だか気持ちが焦る。今年はその箇条書きのトップにプールが来る。そう、忙しいこの夏、プールにも出かけていない。もっと言えば、夏休みの旅行に行ってないではないか?!

と言うことで、パパの出張に家族でついて行くことに。行き先は我が家から4時間足らずのボルチモア。夕立が降る中、いざ出発!現地についたのは夜10時を回っていた。ボルチモア中心街から少し離れたレストランが集まる街でまずは腹ごしらえ!ソフトシェルクラブや、蟹スープ、生牡蠣など、シーフード三昧!



あれから4年

日本列島を文字通り震撼させたあの地震から、早くも4年が経った。自分の中でもこの年は色々と人生を考えさせられる年となった。あの震災がもたらした出来事は一言には言い尽くせない。でも、今日の本題はチャリティーコンサート。

2011.3.11の東日本大震災以来、 ニュージャージー日本語キリスト教会が、毎年開催している復興支援のチャリティーコンサートに今年も行ってきた。毎年、素晴らしいパフォーマーが登場して厳粛な気持ちの中にも楽しいコンサートなのだが、今年はひと味ちがう感動のコンサートだった。メイン演奏者に福音歌手の森祐理さんが登場した。NHKの歌のお姉さんもされていたとのこと、その透き通るような歌声で登場した彼女に会場は一気に惹きつけられた。何曲か歌を披露した後、自分の弟を阪神淡路大震災で亡くしたことを語った。その後、福音奏者として被災地での復興支援として被災者の心のサポートをしているお話などを、ビデオと歌を交えて紹介された。会場は涙で包まれた。森祐里さんが、伝えたかったメッセージは「一人一人の違った使命があってこの地球上に生かされている。復興支援に関しても同じこと。一人ひとりができることをやって行きましょう。」ということだと思う。

まだまだ復興途上の被災地を忘れてはいけない。今も不自由な思いをしている人、悲しい思いをしている人がいることを忘れてはいけない。遠く離れているけれど自分ができることを微力ながらやって行こうと、再決意した今日。
あれから4年

離任式@NJJS

毎年この時期は多くの友人知人が日本に帰り、なんだか取り残されたような寂しい気持になる。今日は、毎年恒例の帰任させる先生方の離任式が、ケンの通う学校で執り行われた。今年は、学校の要で生徒児童の最強の指導者で父親的存在の校長先生も帰任する。そして、ケンの2年前の担任を勤めてくださった先生、カナリーが在校時代にとても慕っていた先生も帰任する。今年もたくさん泣いちゃうんだろうなぁ。ウォータープルーフのマスカラつけて完璧な装いで参列。手にはタオル。(ハンカチじゃなく、タオル。厚手の...)

帰任の先生が入場しただけで涙がにじみ出る。でも、今年の離任式は一味違った。感極まって涙が溢れてくる先生のスピーチと児童の涙ながらのお別れの言葉(ここではやはり涙が止まらなかったのだけど)のあとに出てきた先生はユーモアたっぷりのお別れの言葉と英語のスピーチ。離任式で英語のスピーチをされた先生は私の記憶の中ではこれまでにいらっしゃらない。更に、校長先生のスピーチでは自分の後輩である有名アーチストの歌「世界で一つだけの花」をアカペラで披露された。素晴らしかった。涙より笑顔が出る式になった。先生方の生徒児童への愛がよく伝わる離任式だった。愛情と熱意を持って指導してくださった先生方にこの場を借りて感謝の意を表したい。
離任式@NJJS

離任式@NJJS

離任式@NJJS

ケラチンパーマ

以前から美容師さんに勧められていたケラチンパーマなるものをかけてきた。くせっ毛で雨の日になると外出するのも億劫になるくらい髪の毛がまとまらない私。美容師さんも私と同じ悩みがあってケラチンパーマをかけたらその悩みがすっかり解消したという。半信半疑で言われるままにケラチンパーマの予約を入れた。
髪にケラチン溶液を塗り込み放置すること1時間。軽く髪をゆすいだらヘアアイロンをあてて髪をストレートに。ストレートパーマと言うのではないのだけど、今日、明日と、この状態を放置しておくらしい。
美容師さんいわく、一度シャンプーすると自分の髪のくせが戻ってくるけど、湿気で髪がゴワゴワになることは無くなるという。
今夜から雨の予報。雨がちょっと楽しみ。
ケラチンパーマ

メモリアルサービス

昨夜、メモリアルサービスに行って来た。メモリアルサービスは日本語訳は「故人を偲ぶ会」というのだろうか。とにかく、アメリカ滞在にして初めてのことだったので、どうしたものかと思案した。服装は?お香典は包むの?会でのマナーは?謎だらけだったのでまずはググってみた。メモリアルサービスはお通夜やお葬式とは別に故人の所縁のある人々が集まる会という感じだ。カジュアルな服装でもオーケー。とある。ふむふむ・・・。お香典はどうするのだろうか?どこにも書いていない。

前置きが長くなってしまったが、今回のメモリアルサービスは娘と息子が学校を通じてお世話になった方。特に娘がとてもお世話になったので学校行事で忙しい娘に代わって参列させていただくことにした。

行ってみると多くの人々が既に集まっている。故人の生前の人望の厚さが伺える。スクリーンには生前の活動の数々を記した写真のスライドショー。ご家族が故人を偲んでこれらの写真を選別したんだろうなと思ったら涙が出て来た。式が始まるとまずは牧師さんのご挨拶。それから、故人に所縁の深い人々が演壇に立ち、思い出話のスピーチが始まった。何故か、面白く笑わせてくれるエピソードばかりで、会場が笑いに包まれる。笑い話しの中にも故人の快活で家族思いの人柄が生き生きと蘇った。なんだかいいな〜こういう会。私は彼女とは生前深い付き合いがなかったけれど惜しまれてこの世を去ったのだと言うことや生前皆から慕われていたということが身にしみてよくわかった。

一時間の会だったが、故人を思う皆の気持と一体になり彼女が一人一人のところにおりて来て挨拶しているような気がした。参列できて本当に良かった。

ちなみに、お香典はアメリカでは香典袋もすぐに用意できない環境なので、カードに感謝の気持ちを記した中に20ドル札を二枚包んで同封した。どういう形が正式なのか今もわからないけど、お花代としてご家族に受け取っていただけたら幸甚だ。
メモリアルサービス

スーパームーン

スーパームーンが日本の空を煌々と照らした日、私は日本を後にアメリカに帰ってきた。日本での美しい月を見そびれた私に友人たちが写真を送ってくれた。
今回の日本滞在ではたくさんの素敵な思い出が作れた。それもこれも日本にいる素晴らしい友達のお陰...
スーパームーン
普段だったら絶対に会えない日本の遠方島にいる友達もたまたま里帰りが重なった。京都では懐かしい友達の面々が大阪、神戸、名古屋から集まってくれた。浜松では短大時代の女友達が東京からわざわざ出てきてくれて、まさかの同窓会@浜松になった。素敵な京都おばんざい料理のレストランや行ってみたかった渋谷ヒカリエでの気の合う仲間との会食、ワインバー、ホテルの一室を借りての夜通しの宴会。極めつけは小学1年生のクラスメートとの同窓会。40年ぶりに会った友達など、16人も集まった!

素晴らしい仲間とのたくさんの思い出を胸にアメリカに帰ってきたら、追いかけるようにスーパームーンの画像が送られてきた。素敵な友達にたくさんのありがとう
スーパームーン